-
医師が解説するホルモン受容体の謎
診察室で患者さんからよく受ける質問の一つになぜ同じ男性ホルモンが流れているのに頭の毛は抜けて髭や胸毛は生えるのですかというものがありますがこの人体の不思議とも言える現象を理解するためにはホルモンそのものではなくそれを受け取る側の受容体つまりレセプターの働きに注目する必要があります。私たちの体の細胞には特定のホルモンにだけ反応する鍵穴のような受容体が存在しており男性ホルモンという鍵がこの鍵穴に差し込まれることで細胞内で様々な化学反応がスタートするわけですが興味深いことに頭皮の毛乳頭細胞と体毛の毛乳頭細胞とではこの鍵穴に鍵が差し込まれた後の反応プログラムが全く異なっているのです。頭皮特に前頭部や頭頂部の受容体は男性ホルモンを感知するとTGFベータなどの脱毛シグナルを出すようにプログラムされていますが髭や脇毛などの受容体はIGF1などの成長シグナルを出すようにプログラムされておりこれはあたかも同じ電気信号を受け取っても照明は明るくなりエアコンは冷たくなるように機器によって反応が違うのと同じ理屈です。さらに厄介なことにこの受容体の分布密度やホルモンに対する感度すなわち感受性の強さは遺伝によって生まれつき決まっており後天的な努力や生活習慣で変えることはほとんど不可能であるため父親や祖父が薄毛で体毛が濃い場合はその体質を受け継いでいる確率が非常に高いということになります。この遺伝的な感受性の強さを調べるためにAGA関連遺伝子検査というものがあり自分の受容体がどれくらい男性ホルモンに反応しやすいかを知ることで将来のリスク予測や薬の効きやすさをある程度推測することができますがたとえ感受性が高くても早期に治療を開始してホルモンの生成を抑えたり受容体の働きをブロックしたりすることで発症を遅らせたり症状を改善したりすることは十分に可能です。また最近の研究では頭皮の受容体の感受性が加齢とともに変化する可能性も示唆されており若い頃はフサフサだったのに中高年になって急に薄くなるケースや逆に若い頃から薄毛に悩まされるケースなど発症時期に個人差があるのもこの受容体のダイナミクスが関係していると考えられています。医師としての立場から言わせていただければ体毛が濃いからといって必ずしも悲観する必要はなくそれは男性ホルモンが正常に働いている証拠でもあり適切な医学的介入を行えば髪を守ることは可能ですので都市伝説や俗説に惑わされることなく自分の体のメカニズムを科学的に理解し専門家と一緒に最適な治療戦略を立てていくことが薄毛の悩みを解決する最短の道であると断言できます。受容体というミクロの世界の出来事が私たちの外見や人生に大きな影響を与えていることに驚きを感じつつも現代医学はそのメカニズムを逆手に取ってコントロールする術を持っているのですから恐れずに治療の扉を叩いてほしいと思います。